
ありがとう。 柴田亜美
乖離
山猫の死 線路脇のその絵が示すのは、彼を1人の人間として向き合い看取った人が居たという事、決して誰からも顧みられない孤独ではなかったという事 この事をたった1コマで突風のように解らせられて悔しさが攫われ光が見えた でもね 救われたのはあくまで私であって 肝心の彼は救われなかったんだよ
藤咲
山猫の死の発表年が1940なら冬戦争終結の頃……ダンケルクの戦いもこの年だね。 スイスでも良いし、南仏のプロヴァンスとかでベラルーシ出身のシャガールと交流あるヴァシリ・パヴリチェンコ氏の幻覚めちゃくちゃ吸うからな!! #金カム0時勢
紺 シイラ
「尾形のような人間はフィクションの中でさえ生きることを許されないんですか?」というモヤモヤはありつつも、 ヴァシリの見た『山猫の死』が穏やかなものだったなら「でも よかったなぁ」とは思う ヴァシリの中で尾形が生きたなら、それで自分を納得させるべきなのかな……わかんないや
てゃ
山猫の死がタイトルだから頭巾ちゃんとしては最期まで標的だったろうし助けられて一緒に~はまずないと思う。何故ならトリカブト抗体説も銃口が幻覚説も全て野田先生に砕かれたから。スパイ設定とか丸投げのまま引き延ばし要因に使われ最後に早く殺して上げようが答えだったんだろうかと。
ヘトゥクパ
もし仮にヴァシリが腕を尾形に撃たれてた場合、沢山リハビリしたもしくは残った手を利き手にして画家として生計を立て「山猫の死」を生み出したことになるんですが、片目を失ってなお逆撃ちを修得した尾形と被る所があってとても...いいですね....(語彙力皆無之助)
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